大阪文楽の人形浄瑠璃因協会から竹本綾春さんを講師に招いて、今年も子供歌舞伎浄瑠璃教室が開催されました。
「本場の芸で技を磨く」という夏稽古の成果を、公開講座という形で発表するものです。
人間国宝クラスの綾春師匠は、おん年93才!鍛えられた声量や力強いバチ使いは、聞く人を感動させます。
来年西町が取り組む子供歌舞伎の外題、「本朝廿四孝・十種香の段」を朗々と語られました。
bunsiti
大阪文楽の人形浄瑠璃因協会から竹本綾春さんを講師に招いて、今年も子供歌舞伎浄瑠璃教室が開催されました。
「本場の芸で技を磨く」という夏稽古の成果を、公開講座という形で発表するものです。
人間国宝クラスの綾春師匠は、おん年93才!鍛えられた声量や力強いバチ使いは、聞く人を感動させます。
来年西町が取り組む子供歌舞伎の外題、「本朝廿四孝・十種香の段」を朗々と語られました。
bunsiti
8月22日、太田専念寺で太子講が開催された。
参加者約70名ほどで、真宗王国砺波の風土を実感した。
野にある南無太子像は石仏が多いが、専念寺の太子像は
木造である。砺波地方に246体確認しているが、木造は数体しかない
木造の場合、お堂が必要であり管理には手間とお金がかかる。
しかしお堂は、福野高校の国指定文化財厳浄閣を作った、藤井助之丞作であり
堂々としている。(odbtu)
8月18日、城端線を考えるシンポジウムが曳山会館で開催されました。北陸新幹線の開通を控え、廃線の恐れのある城端線の存続と活性化に向けたシンポジウムで、前半は、沿線の福光・福野・井波・砺波工業・砺波・高岡南の6つの高校の生徒たちが、通学手段としての城端線の現状やアンケートの集計結果からの城端線の在り方、存続への思いを発表しました。
後半は、高校生12人と県立大学准教授・小林一也氏とのパネルディスカッションが行われ、「早退したくても運行本数が少なくて早退もできない」「多少の運賃値上げをしても本数、車両数を増やしてほしい」「自転車を車内に持ち込めるサイクルトレイン化をしてはどうか」といった切実な願いや、若者らしい感性を活かした改善策が提案されました。
また、このシンポジウムの1時間後、同じ会場で砺波・南砺市議会議員研修会が行われ、テーマが「北陸新幹線が走る前に考えておきたいこと」で、新幹線利用者が便利になるように、新幹線利用者を増やすために、高岡駅周辺をどう整備しようかとう講演会ですが、要は「新幹線よ早く来い」という内容です。
シンポジウムと講演会を聞いていて、明治30年に開通した中越鉄道(現在のJR城端線)生みの親ともいうべき、初代中越鉄道社長・大矢四郎兵衛(鷹栖村出身)がこれを聞いたらどう思うだろうなぁと、思ったのでありました。明治30年といえば、北陸本線もようやく福井県から石川県に入った頃で、金沢駅など影も形もなく、砺波地方の人々も汽車を見たことのある人もほとんどいない時期で、富山県内初の鉄道事業が中越鉄道(城端線)だったのです。この鉄道事業が、砺波地方の産業や文化の進展に大きく貢献したことは言うまでもなく、まさに砺波地方発展の恩人なのです。
1日で「陰と陽」「表と裏」「強と弱」のような話を聞いてしまい、「なんだかなぁ」という、なんともいえないモヤモヤ感が残った1日でした。(tonarino-oyaji)
5月1日の関野神社の祭礼に曳かれる曳山で、豊臣秀吉が御陽成天皇と正親町上皇を聚楽第に招いた時の鳳輦を前田利家が賜り、これを二代藩主前田利長が高岡城下七町に下して、慶長七年(1610)の祭礼に曳かせたのが始まりです。
曳山は、高岡の町を開いた前田利長から下賜されたことから、「御車山」と呼ばれています。七本の御車山は、高岡の銅器、漆芸技術を採り入れ、様々な工芸品で飾られた豪華なもので、大車輪のキシミ音を響かせながら巡行する様は、まさに豪華絢爛という形容が最もふさわしい曳山といえるでしょう。(tonarino-oyaji)
お盆帰省の富山のお土産としておススメです。私の一押しは「春らんまん」。個性的な花姿のチューリップを集めた華やかなセットです。お近くにお寄りの際は是非足を運んで下さいね。(tulip)