5月1日の関野神社の祭礼に曳かれる曳山で、豊臣秀吉が御陽成天皇と正親町上皇を聚楽第に招いた時の鳳輦を前田利家が賜り、これを二代藩主前田利長が高岡城下七町に下して、慶長七年(1610)の祭礼に曳かせたのが始まりです。
曳山は、高岡の町を開いた前田利長から下賜されたことから、「御車山」と呼ばれています。七本の御車山は、高岡の銅器、漆芸技術を採り入れ、様々な工芸品で飾られた豪華なもので、大車輪のキシミ音を響かせながら巡行する様は、まさに豪華絢爛という形容が最もふさわしい曳山といえるでしょう。(tonarino-oyaji)