第1回 散居村の保全と活用シンポジウムの記録【要約版】

第1回 散居村の保全と活用シンポジウムの記録【要約版】

1 日  時   平成24年9月23日(日)13:30~16:30

2 会  場   砺波市文化会館 多目的ホール(砺波市花園町1番32号)

3 テ ーマ   散居村の魅力再発見

4 主  催   散居村の保全と活用シンポジウム実行委員会

5 後  援   砺波市、砺波市地区自治振興会協議会、砺波商工会議所、庄川町商工会、特定非営利活動法人砺波土蔵の会

6 基調講演   世界に誇れる日本の原風景「散居村」 ~砺波平野の歴史・顔・財産~

          講師:上野幸夫 氏(職藝学院 教授)

7 パネルディスカッション「散居村の魅力再発見」

         《パネリスト》    上野幸夫 氏(職藝学院 教授)

                    柏樹直樹 氏(砺波カイニョ倶楽部 代表幹事)

                    川崎和夫 氏(庄川峡観光協同組合 理事)

                    寺島正浩 氏(鷹栖夜高保存会 前会長)

         《コーディネーター》 構富士雄(実行委員会 委員(砺波市都市整備課職員))

8 主催者関係  《主催者挨拶》    尾田 武雄(実行委員会 代表特定非営利活動法人砺波土蔵の会理事長))

         《閉会挨拶》     余西 孝之(実行委員会 委員(砺波商工会議所総務委員長))

         《司会》       天川 裕文(実行委員会 委員となみ散居村ミュージアム職員))

9 参加人数   約150人

10 記  録

 ◆主催者挨拶(尾田武雄 実行委員会代表)◆

   砺波平野の景観形成は、全国に誇り、また世界に誇る日本の農村の原風景である散居景観を成していますが、農業形態や生活様式の変化、少子高齢化などにより、周囲の生活環境が大きく変化しています。この素晴らしい散居景観をもう一度見つめ直し、散居村の魅力の再認識、再確認をする必要があると思っています。このたび、シンポジウムを3回実施し、散居村の再発見から活用、そして地域の経済、文化の発展につながる議論を深め、提示したいと思っています。これからは、研究から実践、勉強から行動、そして提案から行動、無関心の打開が求められています。市民自らが立ち上がり、保全活動の実践が求められているのです。

 

 ◆基調講演(上野幸夫 職藝学院教授)◆・・・スライドの説明部分は割愛

   瑞龍寺が縁で富山県に入りまして、最初に砺波インターに下りたとたん、この散居景観が「大変素晴らしいな」それが第一印象でした。本当に巨大な家、一軒当り全国一の建築面積を誇り200㎡を超すような面積、住宅持ち家率が日本一と言われますが、規模においても日本一ということで、大変素晴らしい景観だと思います。

   五箇山を世界遺産にするとき、ユネスコの方々も来日され案内したのですが、そのときに必ずといいほど通る場所が、閑乗寺山から見下ろした俯瞰。すると、一同が大変素晴らしいとたくさん写真を撮られます。

   日本人から見ると、こんな普通の空間なのにと大多数の方は思われるかもしれません。また、砺波市民の方々は、そういう風景は生まれたときから見ており、カイニョと呼ばれる屋敷林が家の回りにあること、家が大きいということは当たり前なのです。しかし、東京から来た方々は、「大きなお寺さんがいっぱいありますね」と言うくらい大きく、確かにその通りだと思います。

   平成16年に景観法が作られたのですが、日本では高度成長期に景観を考えない風潮があった。日本人は元々、江戸時代それ以前から景観を利用した考え方の家並みやまちづくり、あとは山を借景にする考え方があった。

   いつもまち並みの整備や集落の整備をするときに心しているのは、「数奇屋の極意」です。数奇屋建築とは茶室のような建築ですが、その極意に、「異風になく、結構になく、手ぎわよく、目立たずを良しとする」と言う言葉があります。「異風になく」とは全く異質な形のようなものは作らない。「結構になく」というのは、立派な素晴らしいケヤキ材とか、良質な材だけで作るという派手なお金をかけたつくり方でない。「手ぎわよく」というのは良い仕事をする。「目立たずを良しとする」というのは、あまり地域の中で目立たってはいけない。これは私が景観を考えるうえで一番の指針としている言葉であり、散居景観でも全く同じことが言えると考えています。

   ヨーロッパとか海外でつくづく感じるのは、歴史の浅いアメリカにおいても、何か新しいものを集落の中で建てようとするときは、必ずどんな色だとか、どんな形だとかを縄みたいなものでフレームにして示し、そこに審査が入り形はどうだ、高さをもう少し下げろ、色に関してもどんな色かと決めています。

   しかし、日本は高度経済成長以降だと思いますが、機能を優先させ、電柱を無造作に付けてきましたが、今、その反対のことをやっています。やはり、機能性だけでなく、美しい日本の風景をもう一度取り戻そうという気風が感じられるようになった。

   砺波平野のような散居村は、砺波だけでなく、富山平野の扇状地にも、黒部川の扇状地にも同じように存在します。ただし、規模においては、砺波が一番大きな面積を持っているし、大変きれいに残っている。

   それぞれの屋敷がこれだけ大きいというのは、明治時代以降のことで、倹約令が出ていましたから、それまでは逆に小さな屋敷構えしか許されていません。唯一、立派な屋敷構えが許されたのは、憧れの旧十村宅だけが許されたものです。あとは鷹狩りとかで藩主が来られる家は、特別に部屋を作ることが出来たり、塀を構えたり、土蔵だとか附属屋だとか、広大な敷地の中に数多くの建物を作ることができました。

   外国人を案内すると一番砺波の魅力が分かります。あと県外の方を案内するときも同様です。しかし、最終的には、そこの地域に住む人たちが良さを理解する必要があり、減ることがあっても、増えることはまずないと思います。これをいかに守っていくかが大切なのです。

   柳田國男の「美しい村」という書物の中に、美しい村などというものは、はじめからあるはずがない。そこに住む人が美しい村に住もうと思って努力しない限り、美しい村は出来ないというニュアンスの言葉があります。先祖の方々が単に村を作ろうではなく、素晴らしい村を作って、長い歴史の中で作り上げ、それを守ってきたものです。今、私たちがこの時代にこのようなものを一切壊して、先祖の人たちの文化を無くしてしまっても良いものなのか。やはり素晴らしい文化を未来に伝えていくことの必要性があって、美しい村であって欲しいと思いますし、皆さんも、住んでいる方もそれが誇りになると思います。

   住民の皆さんも、世界にこういった景観を誇れることを認識していただき、いろいろな方が来られたときに、胸を張って一人一人が観光ボランティアになっていただければと思います。

 

 ◆パネルディスカッション◆・・・聴講者からの質疑応答は割愛

 柏樹: カイニョに初めて接したのは、小学校3年のときの冬で、供木として全部切られた。その後、2、3回大きい風が来て棟を取られました。

     人の顔が違うと同じように、屋敷林の顔が全部違い、そこに物語があります。それを作る一つ一つを構成する大事な要素は、1本1本の木です。その木に絶対に勝てないことの一つとして、木は一度そこに根を下ろしたら、生涯そこを動かないのです。このことは人間のまねのできないことであり、どちらかというと木の集団に人間が混ぜてもらい恩恵をいただいています。

     木の役割として、約22の効用、効果を休まずやってくれています。また、人の心、精神に刺激を与えており、こうしたことを「耐えながら、助け合って、働き続ける」というのがカイニョの生きる様です。

 上野: 過日、新聞で国の登録有形文化財に県内の旧家で吉久(高岡市)の住宅がなったとありましたが、この砺波平野にある建物全部が、申請すれば国の登録有形文化財に成り得ます。

     しかし、これまで家造りや住まい造りにこだわりがあったものが、高度経済成長以降、本物と偽物との違いだけでなく、お宮さんや地蔵様をサッシ等で囲むなど違ってきているのです。これは、毎年、雪囲いするのが大変などの理由からであり、本来の本質を失い、その素晴らしさが隠れてしまっています。

     一方、30代、20代の若い世代の方々が、伝統的なものに興味を示してきているのも事実です。それが再生するとお金が新しく建てる以上にかかるという言葉が独り歩きしています。

     建物を長く持たせるためには、足元の湿気から守るということと、屋根から雨漏りさせない。この2つだけ守っていただければ、その間が傷むということはまずありません。これらのことを勉強して、ローコストでできる仕掛けを三位一体で取り組む必要があると思います。

 川崎: 散居村を案内してほしいというお客さんが結構あり、案内すると一応に点在している散居村に非常にびっくりし、感動されます。また、近くまでお連れすると黒い瓦にもびっくりされます。特に、黒い瓦が大きな家の屋根に載っていることに、ものすごく重厚感を感じられます。

     また、家屋のほかにも蔵や納屋があり、敷地面積が非常に大きいことから「裕福な方がたくさんいらっしゃいますね」と言われます。このように大きな感動を生むものは、大きな観光資源なのです。

     近年、民泊ツアーなどいろいろな体験的なことを実施されていますが、御世話された方々は、「散居村を改めて見直す機会になった」とか、「先人の知恵に驚いた」と言われます。このような、体験観光をもう少し深く掘り下げていけば面白いと思っています。

 柏樹: この散居の中には、農業と生活に必要な飲み水や田んぼの水が水路として、縦横無尽に張り巡らされていました。そこの流れる水をうまく通すため、周りに木を植え、緑の回廊が形成されていました。しかし、昭和45年から55年までの約10年間の圃場整備により、完全になくなり、カイニョが点の存在となった。その点の地主の意思によって、カイニョはどのようにでもなります。

     今、問われていることは、この散居という形態を壊して、もちろん屋敷林(カイニョ)をなくし、全生物をなくして人間だけ安寧に砺波平野で暮らせるのかということです。あまり利便だけを追求せず、人間もゆっくりと歩くべきであり、農業が一番大事であるため元気にしなければなりません。

     希望としては、地域で作ったものを地域で食べる。例えば、呉西協同圏のようなものを作っていった方が良い。農業を営む人は、カイニョがないと農業がうまくいかないことを分かっている。農業を営んでいれば元気なカイニョになる。また、カイニョの恩恵は、団地の人にも街の人にもあり、環境全体が良くなれば人も住みやすくなる。何でも、安ければ良いということはだめでないかと思います。その点、「耐えながら、助け合い、働き続ける」ということが、カイニョが人間に教えている様なのです。

 寺島: 鷹栖では、以前、青年団が夜高をやっていました。しかし、少子化、高学歴化が進むことなどにより、青年団は解散して夜高がなくなりました。夜高は休眠していたのですが、子どもたちにも経験させてやりたいと言う声から再興し、若い者が祭りを通して地域の輪が広がった。また、子どもたちの交流が深まり地域の活性化につながったことから、小学校のPTA活動でも幅広い交流ができるようになったと思っています。

     また、昔は家の電話で友だちと電話していたものが、携帯電話で直接、本人と電話することから、親は誰と付き合っているのか分からず、更に携帯からメールになり、言葉によるコミュニケーションがなくなってきています。しかし、人とのつながりや温度を感じるつながりは、祭りを通して作られていると思っています。こうした夜高の曳き回しは、散居村だからできる祭りでないかと改めて感じました。

 川崎: 旧庄川町では少子高齢化、村部から都市部への移動ということで、人口が減っていき、行政において宅地分譲や住宅団地の建設が進められました。一方、地域振興ということでイベントをいくつも行っています。春先から庄川木工まつり、庄川観光祭、水まつり、ゆずまつり、厄払い鯉の放流と年間を通して、いくつものイベントがあります。

     水まつりは、若い人たちが企画から運営までの全部を行っており、地域の人材育成という形では非常に良いと思いますし、リーダー養成ということで大きな力になると思っています。近年、彼らが愛知県安城市へ行き、流木乗り選手権を行うなど地域イベントの活性化と情報発信を一所懸命に行っています。

     厄払い鯉の放流は、今まで伝統的にやっていたものを二部構成にし、一部では地域の伝統的な厄払い、二部では体験型にして地元保育所の6歳児にも厄払いを体験してもらっています。そうした頃から伝統的な文化に触れさせ、自分たちの住んでいるところへの愛着を育んでいかなければならないと思っています。

     今、散居村関係で民泊ツアーなどいろいろな体験型のことを行っていますが、何が大事となると砺波のアイデンティティであり、自分たちが誇りを持たない限りうまくいかないのです。散居村の魅力とか、良さとかは、皆さんが一番良く知っており、みんなで醸成していかないと絶対にうまくいかないのです。

 寺島: 夜高を復活しようと何人かで立ち上げる話を進めたのですが、中には否定的な方もいました。しかし、地域のコミュニティが希薄になっている中、そのことが良いツールになると思うし、鷹栖の子どもたちが喜ぶことを信じて始めました。鷹栖地区の半分ほどが新興住宅であり、夜高を立ち上げるとしても、夜高を知らない人や地区外から来られた人たちを快く受け入れ、何の隔たりもなく、地域の文化に慣れ親しんでいただくことに一番心がけました。

     また、子どもたちは、鷹栖に夜高があることを知らないし、夜高の思いが全くないことから、まず太鼓を教え行燈の作り方などを教えると、子どもに引き連れられて親が一緒に来てくれるようになり、若い人たちが集まりました。そうした中でお酒を飲んだり、悩みとかを話し合ったり、愚痴を言ったりして、少しずつコミュニケーションができ、鷹栖に慣れ親しみ、住まいに愛着を持っていただけるものと思っております。

 上野: 散居村ミュージアムに再生した家がありますが、こんな立派なものにするとお金がかかると聞きます。そこまでしなくても、一千万円もかからず数百万円の安価なやり方もあります。最近、気になるのは、伝統的な建物に老夫婦が住み、若夫婦は別棟を造ることが目につきます。しかし、伝統的な建物は二世代住宅に改修できる広さがあるのだから、そうした事例が増えれば重要文化財の指定に成り得ると思っています。

     重要文化財なると、何もできなくなるという言葉が独り歩きし、開発も何も、釘1本も打てなくなると間違った理解がされています。まちは生きており、景観に即して奇麗になるためには、国の資金やアドバイスなどの援助を受け、素晴らしいまちが蘇ることによって愛着も出てくるものです。

     現在、砺波市には見渡す限り歴史的な建造物があり、どれ1つとっても重要文化財になるような素晴らしいものの、数が多くあり過ぎることから、歴史的な遺産の意識が薄いと思います。しかし、景観は崩れたときに初めて気づくものであり、そのときではもう遅いのです。

     砺波の顔は散居村であり、他所も全く同じように開発優先であったら、全国的に顔がないまちになります。特に、都会の人には遊ぶところがあるものの、癒やし空間が無くなり、心とか、人間教育とかを観光によって求められてきています。そのときに、散居での体験型や参加型の観光を行い、心の潤いや元気をもらって帰り、再び仕事をするといった時代がくると思います。

 柏樹: 問題点の一番は、落ち葉の始末と倒木をどうするかということです。これは個人で負担するものであり、10年前に比べると協力する形やシステムが良くなっており、そのことに応えていく必要があります。日進月歩、人間も進歩しなければなりません。大事なのは個人が頑張ることであり、その中心は年寄りです。

     年寄りが主役であり年齢としては、62歳から85歳ぐらいまでを束ねて年寄りとしておきます。そして、どのように頑張るかというと、落ち葉の始末を喜んでやることです。「落ち葉の始末をするのは、人生をたたえる姿」だと思っています。落ち葉も人生も赤の次は白、還暦迎えて60歳になると、赤い帽子やちゃんちゃんこを着せてもらい、子どもたちが支えてくれる。そのあとは、白しかないのです。スンバは、今年の春、芽を吹いて出たものが赤くなるのではなく、7年から8年仕事して赤くなって落ちます。それを喜んで掃いて始末する仕事を日常年寄りがやれば、自分の人生をたたえることにつながるのです。

     具体的な目標は、木を切りたいときは切り、切ったら植えることを前提とし、100年以上の木をそれぞれの家に、少なくとも3本以上あれば見違えるようになります。そうすると、観光で砺波平野にいらっしゃり、それだけのPRになります。戦後70年近く経つので30年ほどでそのようになりますから、今、中継ぎだと思って我慢して頑張ってください。そうすればその努力が、砺波の個性として必ず輝き、懐が大きくなります。カイニョが元気になるということは、そういうことにもつながるのです。

     8月25日に安曇野の方がお越しになり屋敷林のある家に案内したところ、その家の大きいケヤキの根で基礎が割れかかっていたので、どうするのか聞かれたところ、「これで家が倒れるものでない、どうしても根太まで持ち上がるほど根がでかくなれば、この基礎を壊します」と言われたそうです。このことに、「新鮮な刺激をいただきました」と言われたのが帰りがけの言葉でした。

     もう1軒の家で、腰が曲がったお婆ちゃんの手押し車にカマ、ホウキ、ミ、ビニールの袋が載っており、「これ何するがけ」と聞いたところ、「毎日、天気がよければ、屋敷林のあそこへ行ったり、ここへ行ったりして草むしったり、掃いたりしとるが」と、にこにこと笑わって言われたようです。「この笑顔が最高の今日の土産でした」と言って帰られました。

     大事なことは、カイニョを敬って、楽しんで、そして誇りにする。全体の財産であると盛り上げることがポイントであり、個性を輝かせるには、カイニョを抜きにできないと思っています。

 川崎: 国の施策は、観光にかなり向いており、成長戦略の中で観光振興は、まちづくりや地域づくりの原点とされています。この5年ほどの間に、宿泊人口が6千万人減っています。2040年になると日本国の人口は8千万人を切ることから、観光客は更に減っていきます。そのような中、観光地は、どのようなことを考えているかというと、リピーターを増やすことを考えています。

     もう1つは、インバンウド、外国から来ていただくことです。外国からの観光客は、最初いろいろな伝統や大きな都市などを回られます。その次、3度目に来るときは、地方へ回ってくるのです。そうしたとき、砺波の散居村は、絶対に見たがると思うことから、この形の中で振興することを目指すとなると、新しいものを作る必要はないのです。持っているものの価値を見出し、守って、生かすことを一所懸命考えることが、今、世の中のベースとなっています。そのためには、地域に対する深い愛情が観光の原点なのです。

 上野: 受け入れ態勢として、感動を持って見ていただけることが必要であり、ブラッシュアップしておくことです。今の散居の状態で良いかというと決してそうでなく、目に付くものは排除し、ブラッシュアップすることで感動をもって見られるものです。

     まず、見せるために高台からの俯瞰で大変感動を持ってもらう。次に、車の目線から見た散居景観、次に、建物の屋敷構えを見るといったことです。また、屋敷林の紅葉だとか、最先端の地球環境に優しい生活のスタイルなど、完全な再生型の空間を求めるのです。

     そして、建物のレベルが高いわけですから、枠組みなどの豪壮な雰囲気の座敷で持て成し、庭を眺めることで砺波の顔を見て来たということになります。それに、四季がありますから、1年間で4回楽しめることができ、絶対にリピーターは来ると思います。

 寺島: それぞれの地域に特徴や愛着を持たないと、なかなか根付かないのではないかと思います。また、砺波の文化は、先輩たちが守ってきたおかげで続いているものと思います。今、そういった祭りを通じてコミュニケーションを深くすれば、地域への愛着がわき、子どもたちを通じて地域に根付いていくのではないかなと感じています。

  : 外面的な要素としては、利便的な農村地域であり不自由が感じられていない。また、癒やされる空間であって、都会では味わえないところ。こうしたプラス要素を皆さんで認識し合うことが必要となります。また、内面的な要素としては、人と人、また人と緑や生物などといったコミュニケーションのほか、散居村の暮らしの中における交流や連携が必要と思われます。

     いずれにしても、地域への愛着と誇りを持つことが、最も地域の魅力を再認識することができることにつながり、行動していくことによって、地域の活性化に結びつくことになると思います。

     また、市民の誰しもが、豊かで幸せな暮らしを求めています。しかし、新たな取組や活動が進まないと幸福度の高まりが期待できないのではないかと思います。私たちは、更に誇りを持つことにより、この砺波がクローズアップされ、そうした心のもとで、地域の個性ある共有資産を生かすことができます。そのことにより活性化が図られ、市民が経済的に幸せになるのではないかとまとめさせていただきます。

                                                以 上