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2.中筋往来



 中筋往来とは、庄川左岸沿いに、高岡から大清水を経て秋元・柳瀬・太 田を経て井波に至る俗称です。

現在の庄川と、もとの庄川の流路であっ た千保川の間の筋という意です。この往来の中にある太田・久泉・柳瀬・ 秋元・西部金屋と続く微高地は、中世期には徳大寺家の荘園である般若 野荘の荘域にあたります。また高岡市二塚白山社の建っている微高地 も、直接水害を受けなかった安定した地帯でした。

 この中筋往来には、たくさんの石仏がありますが、道しるべの石仏は9 体あります。

道しるべの石仏は、辻や村境等でよく見かけますが、これ は単に実用本位の道路標識のようなものではありません。道祖神等の 民間信仰に根ざしたもので、村境や辻などの場所で悪い神を塞ぎ止め る「塞之の神」が地蔵にむすびついたと説かれています。

 中筋往来には、中世の石造物も多くあります。南般若の板碑、柳瀬の 如来形仏4体、太田万福寺の如来形仏、四面石等であり、太田共同墓 地や柳瀬万遊寺、秋元、西部金屋毘沙門杉旧跡には、五輪塔の残欠が 多く見られます。

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