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8.庄川右岸の道



宝念寺跡(安川)の不動明王

 庄川右岸には、2本の古い旧道があり、芹谷野段丘 を通る巡見使道と、その段丘と庄川の間を通る現在の 主要地方道新湊庄川線です。巡見使道は『三州地理志 稿』に記されています。
それによると井波、金屋岩 黒、庄金剛寺、三谷、安川薬勝寺、三合新、福岡、宮 森新、増山、そして松原中田です。この巡見使道を三 谷から増山の間を歩いてみると、多くの石仏たちがい ます。

室町時代の末、この地般若野荘の領主であった 徳大寺実通が家領確認のため、京都からはるばる下向 したが、逆に荘民に殺害されました。その従者9人の 霊を祀った九人塚が安川にあります。それから下って 実通の親王塚がある薬勝寺に出ます。薬勝寺の入口に は、小さなお堂の中に、不動明王があり、そのとなり には「新西国三十番」と記された千手観音が露座のま まあります。また薬勝寺には、幕末に造立されたと思 われる三十三カ所観音があります。ここから少し北へ 行くと、宝念寺廃寺跡に行きます。ここには、舟型光 背をもった地蔵があり、また「南井波、北富山、西太 田渡」と刻まれた不動明王があります。



 三合の天高神社前には、如意輪観音の浮彫り像と、砺 波では珍しい一石三尊の如来三尊があります。このお堂 は、昭和62年に改築されました。栴檀野福岡の入口に は、やはりこの地方では珍しい一石六尊の六地蔵があります。 ここから厳照寺の前を通り増山へぬけます。増山にも、月見坂 の地蔵とかはまぐり坂の地蔵や浄土宗浄蓮寺前の地蔵があり ます。
 現在の主要地方道新湊庄川線も石仏が多く、野武士のバス 停には重厚やお堂の中に、南無太子仏があり、それから北へ 少し下ると桧田にも、豪華なお堂の中に丸彫の地蔵がありま す。頼成に入ると北見太子堂があり、ここには木彫の南無太子 仏が安置されています。この前には浮彫りの地蔵が入っている 小さいお堂があります。

如来三尊(三合)

馬頭観音(宮森)

 権正寺の信号のある交差点から西へ50メートルほど行くと、 右手に鉄の錫杖を持った地蔵があり、この交差点から東へ約5 0メートルほど行くと右手に大きい馬頭観音があります。これ は、大正3年、地元の庄東運送同業会が造立されたものです。 台座には「日清日露両役戦軍馬之碑」とあります。旧道はこの 県道からやや西に平行に走っています。八十歩公民館前に は、在銘では市内で最も古い宝暦11年(1761)と台座に書か れた地蔵があります。この地蔵が安置されているお堂の中に は、五輪塔の残欠とともに中世石仏が1体あります。防村には 地蔵2体、不動明王が1体あり、田中にも地蔵があり、中田へと 入って行きます。



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