
宝念寺跡(安川)の不動明王
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庄川右岸には、2本の古い旧道があり、芹谷野段丘
を通る巡見使道と、その段丘と庄川の間を通る現在の
主要地方道新湊庄川線です。巡見使道は『三州地理志
稿』に記されています。
それによると井波、金屋岩
黒、庄金剛寺、三谷、安川薬勝寺、三合新、福岡、宮
森新、増山、そして松原中田です。この巡見使道を三
谷から増山の間を歩いてみると、多くの石仏たちがい
ます。
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室町時代の末、この地般若野荘の領主であった
徳大寺実通が家領確認のため、京都からはるばる下向
したが、逆に荘民に殺害されました。その従者9人の
霊を祀った九人塚が安川にあります。それから下って
実通の親王塚がある薬勝寺に出ます。薬勝寺の入口に
は、小さなお堂の中に、不動明王があり、そのとなり
には「新西国三十番」と記された千手観音が露座のま
まあります。また薬勝寺には、幕末に造立されたと思
われる三十三カ所観音があります。ここから少し北へ
行くと、宝念寺廃寺跡に行きます。ここには、舟型光
背をもった地蔵があり、また「南井波、北富山、西太
田渡」と刻まれた不動明王があります。
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三合の天高神社前には、如意輪観音の浮彫り像と、砺
波では珍しい一石三尊の如来三尊があります。このお堂
は、昭和62年に改築されました。栴檀野福岡の入口に
は、やはりこの地方では珍しい一石六尊の六地蔵があります。
ここから厳照寺の前を通り増山へぬけます。増山にも、月見坂
の地蔵とかはまぐり坂の地蔵や浄土宗浄蓮寺前の地蔵があり
ます。
現在の主要地方道新湊庄川線も石仏が多く、野武士のバス
停には重厚やお堂の中に、南無太子仏があり、それから北へ
少し下ると桧田にも、豪華なお堂の中に丸彫の地蔵がありま
す。頼成に入ると北見太子堂があり、ここには木彫の南無太子
仏が安置されています。この前には浮彫りの地蔵が入っている
小さいお堂があります。
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如来三尊(三合)
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馬頭観音(宮森)
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権正寺の信号のある交差点から西へ50メートルほど行くと、
右手に鉄の錫杖を持った地蔵があり、この交差点から東へ約5
0メートルほど行くと右手に大きい馬頭観音があります。これ
は、大正3年、地元の庄東運送同業会が造立されたものです。
台座には「日清日露両役戦軍馬之碑」とあります。旧道はこの
県道からやや西に平行に走っています。八十歩公民館前に
は、在銘では市内で最も古い宝暦11年(1761)と台座に書か
れた地蔵があります。この地蔵が安置されているお堂の中に
は、五輪塔の残欠とともに中世石仏が1体あります。防村には
地蔵2体、不動明王が1体あり、田中にも地蔵があり、中田へと
入って行きます。
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