INDEX
4.石動山定着修験と石仏


 石動山は、北陸の能登半島の基部にあり、石川県と 富山県の国境をなす分水嶺にそびえる標高565メー トルの霊山です。丘陵山地の多い能登半島では、この 地方の最高峰としてすぐ目につく山です。山頂から は、東に富山湾をへだてて立山連邦や日本アルプスの 山々、南に白山連邦、西に遠く日本海、北に七尾湾を 望むことができます。

 古くから神奈備山とあがめられ、今も森閑とした山 頂の森の中は、伊須流岐比古神社が建っています。い まは「せきどうざん」と呼ばれていますが、古くは 「しするぎのやま」または「ゆするぎのやま」と呼ば れ、延喜式内社で能登二宮です。

 中古、この伊須流岐比古神社を中心として、仏教徒 や修験者道場を開き多数の堂塔伽藍と院防を立て、北 国では白山に次ぐ仏教界の大勢力となりました。その 盛時には伊須流岐比古神社以下の末社摂社すべて80 社、社地50町四方、院防が360余あり、加賀、能 登、越中、越後、佐渡、信濃、飛騨の7か国を知行国 として4万3千石余、衆徒の数3千人を擁したといわ れます。

 いまも北は青森から南は大阪にかけて、分霊社が分 布しており石動山信仰の広がりを示しています。とこ ろが建武2年(1335)と天正10年(1582)と、二 度の合戦により、二度とも大敗し一山の衆徒たちは社 殿や堂塔を売却し、仏像や寺宝などを所持してことど こく退転してしまったのです。

トップ 戻る 進む