5.砺波地方の石仏の特徴
砺波地方は、藩政期加賀藩に属し、藩の穀倉地帯と
して知られ、県内有数の長流、庄川の扇状地に開けた
ところです。
この地方では最近、各市町村教育委員会の婦人ボラ
ンティア活動講座が開かれ、石仏悉皆調査が行われて
います。砺波市の場合、昭和55年度から始まり、昭
和62年度におよぶ8年間活動講座が開かれ、6冊の
調査報告書を上梓しました。それによると市民総数
37,000人のうち、婦人約450人がこの調査に関
わられました。この調査は石仏台帳(カード)を作る
ことから始めました。台帳への記入は、暑い夏の日が
多く、婦人ボランティアの人々にとって大変な作業で
した。同じ石仏に対しても、何度も足を運び写真を撮
り、スケールで石仏の高さ・幅を計り、スケッチもさ
れました。この石仏台帳の他に、石仏まつり調査カー
ドも作り、石仏まつり調査も同時に行いました。市内
には、石仏1,079個体の調査報告があり、市内の総
世帯数が8,857世帯で、この割合は、全国的にみて
多いのか少ないのかは分かりませんが、県内では多い
方に入るでしょう。
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砺波市内は、早くから圃場整備事業が始まり、旧道や
旧河川は著しく変わり、石仏が移動され、ましてや失わ
れる石仏もありました。石仏まつりも、かの高度成長時
代以来に休止の状態のところもあり、祭り自体も継承者
が減少の傾向にありました。このような時期に、婦人ボ
ランティアの石仏調査、石仏まつり調査の活動は、機を
得たもので意義深いものがあります。
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